東京地方裁判所 昭和44年(ワ)10838号 判決 1971年10月30日
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
(原告ら)
被告は原告ら各自に対し七三九万八〇六五円およびうち六七二万八〇六五円に対する昭和四四年一〇月一九日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決ならびに仮執行の宣言。
(被告)
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
第二 請求の原因
一 事故の発生
昭和四〇年七月一三日午前一一時五分頃、青森県八戸市大字市川町所在の自衛隊八戸駐屯地方第九武器隊車両整備工場において、訴外川原昭運転の大型自動車が後進中、車両を整備していた訴外工藤勝喜の頭部を後車輸で轢き、その結果訴外勝喜が即死した。
二責任原因
被告は、自己のために右大型自動車を運行の用に供していたのであるから、右事故によつて生じた訴外勝喜および原告らの損害を賠償する責任がある。
三 損害
1 逸失利益
訴外勝喜が死亡によつて喪失した得べかりし利益は、政府の自動車損害賠償保障事業損害査定基準によると、次のとおり一一二一万六一三〇円と算定される。
(死亡時の年令) 二七才
(月収) 六万一八〇〇円
(生活費) 月一万五七〇〇円
(年五分の中間利息控除) 年別複式ホフマン法による。
(六万一八〇〇円-一万五七〇〇円)×一二×二〇・二七五=一一二一万六一三〇円
原告らは、訴外勝喜の父母であるから、右請求権を二分の一ずつ相続した。その額は各自五六〇万八〇六五円である。
2 慰藉料
訴外勝喜が死亡したことによつて受けた原告らの精神的苦痛を慰藉すべき額は各一五〇万円が相当である。
3 損害の填補
原告らは、国家公務員災害補償法一五条による補償金七六万円を受領したので、その二分の一に相当する三八万円を以上の各損害合計額から控除する。
4 弁護士費用
以上のとおり、原告らは、被告に対し各六七二万八〇六五円の損害賠償を請求しうるものであるが、被告において原告らの請求に応じないので、弁護士たる本件原告ら訴訟代理人に本訴の提起を委任し、その際着手金および報酬として右金額の一割相当額を支払う旨約した。よつて、弁護士費用として各六七万円を請求する。
四 結論
以上の理由により、原告らは被告に対し各七三九万八〇六五円に対する訴状送達の日の翌日である昭和四四年一〇月一九日以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三 請求原因に対する答弁および抗弁
一 答弁
第一項は認める。
第三項の1、2、4は争う。特に原告らの逸失利益の算定方法は妥当でない。訴外勝喜は、中学卒業後自衛隊に入隊し、昭和四二年一月九日に退職するはずの者であるから、死亡後同日までは自衛隊員としての給与を基礎にし、その後三五年間は民間企業における平均給与(「昭和四〇年賃金構造基本統計調査報告」第一巻第二表によれば、男子の小学・中学卒二九才時の平均給与は月三万二五〇〇円であり、平均特別給与は年六万四一〇〇円である。)を基礎にして、同人の逸失利益を算定すべきであり、生活費は収入の五〇パーセントを控除するのが相当である。同項の3も争う。原告らが受領した補償金額は遺族補償八〇万四〇〇〇円、葬祭補償四万八二四〇円、合計八五万二二四〇円である。
二 抗弁
原告らが本訴を提起した昭和四四年一〇月六日は、原告らが本件事故による損害および加害者を知つた日である昭和四〇年七月一三日から三年を経過しているから、原告らの損害賠償請求権はすでに時効により消滅している。よつて、被告は右時効を援用する。
第四 抗弁に対する答弁および再抗弁
一 答弁
否認する。原告らが本件事故による損害を知つたのは昭和四四年七月頃である。
二 再抗弁
被告の時効援用は、次の理由により、権利の濫用である。
1 被告は、昭和四〇年七月末日頃、請求原因第三項の3記載の補償金をあたかも原告らの蒙つた全損害の賠償であるかの如く装つて交付し、さらに、昭和四二年一〇月二七日訴外勝喜の追悼式の際、自衛隊員の交通事故死に対する賠償が世間一般より少なく法律で定められているのはどうしてかと原告らが尋ねたのに対し、何の解答も与えず、また、昭和四三年二月一日遺族会実態調査票に法律で定められた損害額が少なすぎる旨記載して提出したものに対しても全く答えないといつた巧妙な言動によつて、原告らをして、自衛隊員の公務死の場合は、損害賠償請求権がないものと誤信させ、かつ、損害賠償請求をなすことを思いとどまらせた。
2 不法行為による損害賠償請求権が三年の短期消滅時効と定められているのは、第一に、あまり時がたつと不法行為の証明が困難になること、第二には、時がたてば被害者の感情が静まるという考慮が働いてからである。
ところで、本件の場合は、加害者は国であり、その調査能力を駆使して証拠を収集し、現にこれを保管しているのであるから、第一の証明困難という問題は存しない。また、被害感情の問題も、原告らが損害賠償請求をしなかつた事情が前述のようなものである以上、時の経過によつて感情が強まるこそすれ、静まることはない。
3 民法一条三項が権利の濫用を許さない旨規定している趣旨は、権利は権利者の利益保護のために認められるものであると同時に、社会全体の向上発展のために認められるものであつて、権利者の利益と社会全体の利益との調和において行われなければならないということにほかならない。したがつて、権利行使による権利者の利益に比し相手方の損害が著しい場合は、権利の濫用であるといわなければならない。
しかるに、原告らの損害賠償額は国家予算における九牛の一毛にすぎないのに対し、働き盛りの訴外勝喜を失つて老令と病弱に悩まされ明日の生活にもこと欠く原告らが本件損害賠償請求権を失うときの損害はあまりにも大きすぎる。
4 国は国民の権利を守るために存在するのであつて、自ら国民の権利を侵害し、その回復を図らずに放置しておきながら、原告らが侵害された権利の回復を訴求するや、時効を援用するなどということは、自己矛盾であり、正当な利益を欠く権利行使といわなければならない。
第五 再抗弁に対する答弁
否認する。
第六 証拠関係(省略)